潮の流れを熟知するサーファーだからこそ救える命がある。そんな思いから、サーファーに対する救命技術の普及活動にあたっている男性がいる。いわき市在住の大垣竜一郎さん。いわき市湯本町にある常磐病院で看護師として働くかたわら、サーファーとして海を愛し、救命技術を伝える活動を続けている。大垣さんの、海を守る活動を取材した。
interview : 海の守りびと
大垣 竜一郎 さん サーファー/看護師(公益財団法人ときわ会 常磐病院所属)
真夏の勿来海水浴場。ライフセーバーと二人組になり、海をパトロールする大垣さんの姿があった。
7月に海開きされた勿来海水浴場。休日ともなればたくさんの家族連れが訪れる。海難事故を未然に防ごうと、大垣さんは海水浴客を見つけては、一見静かな波に見えても岸から離れていく流れがあること、それが年々変化していること、貝殻などが付いている磯場は怪我をしやすいこと、そんなことを、一人ひとりに優しく語りかける。
この日は病院の夜勤明けだったそうだが、大垣さんは、時間があれば地元の永崎海岸でサーフィンを楽しんだり、こうして海水浴場のパトロールを行い、海の安全を伝えている。看護師でありサーファー。その経歴は、「海と命をつなぐ存在」そのもの。地元の海を楽しみながら、サーファーである自分だからこそできることを通じて、海の安全を守る活動を続けているのだ。
大垣さんは、数年前から「潮の流れを知るサーファーだからこそ救える命があるのではないか」と考え、サーファーに対する救命技術啓発の重要性を訴えてきた。
今年6月には、勤め先の常磐病院の協力も、サーファーら90人が受講した講習会を企画。心肺蘇生法やサーフボードを使った救助法の講義、救助ヘリコプターのつり上げ訓練の見学を行った。(関連記事:いわきの海の安全と安心のためにサーファーが学ぶ)
大垣さんがこうした活動を続けるのは、海の安全に関するジレンマがあったからだという。
「海難事故が起きたとしても、消防署も海上保安庁も、救急車もライフセーバーも、それぞれ得意なことやできることが決まっています。そこに歯がゆさがあって。そのお互いの溝を、サーファーが埋めていくような形ができないかと思ってきました」(大垣さん)。
消防署のレスキュー隊員は救命技術に優れていても、波について詳しいわけではない。誰かが溺れた場所は、海上保安庁の巡視船では着けない場所かもしれない。そこに居合わせた人が誰かを救おうとして海に飛び込み、二次災害にあってしまうかもしれない。海で誰かの命を救おうとすればするほど、他の誰かを危険にさらしてしまうのだ。
なぜか。海には強い潮の流れがあり、それが地形によって違うからだ。
大垣さんは、「サーファーが一番その海のことを知っているはずです」としたうえで、「サーファーは夏だけでなく冬も海に入りますし、季節によって変わる潮の流れや波の高さを体感的に知っています。しかも、サーファーは、それぞれ拠点の海がありますから。地元の海を知っているサーファーが果たせる役割は大きいと思います」と語る。
精力的に活動を続けている大垣さん。今年6月に大きな講習会を実現したが、「まだまだこの活動が広がっていかないと」と、すでに次の企画を見据えながら、ライフセーバーの資格の取得も目指している。資格があることで、より活動が広がり、自分のできることも広がっていくからだという。
「今は若い時ほどは大会なんかには出なくなりましたけど、海への気持ちは変わらないし、看護師という人の命や健康に関わる仕事についてから、サーファーとして何ができるだろうかってことを考えるようになりました」と大垣さん。
いわき市は、県外からもサーファーが訪れる人も多く、実際、海岸や海水浴場でサーフィンを楽しむ人も多く見かける。もちろん、夏の期間だけでなく、一年中。
「海開き期間以外にも、海で遊ぶ人は多いはずですし、真夏以外に海で遊んでいけないわけじゃないですから。朝の早い時間帯や、お盆明けにも海で安心して遊べるよう、いわきにいるサーファーたちにできることがまだまだあります」(大垣さん)。
大垣さんの思いは常に、地域と海、そしてそれを楽しむ人たちの「安全」に向けられている。そしてまた、大垣さんのような海の安全に関わる多くの人たちの努力の上に、海の楽しさがあることを知る。
「海は、確かに危険なところですが、だからこそ、適度に恐れることが重要だと思います。適度に恐れるからこそ、危ないポイントを知ることにつながります。それさえ知っておけば、海は尽きることない魅力を伝えてくれるはずです」(大垣さん)。
海を楽しみ尽くす大垣さんの言葉には、海との距離感をもう一度計り直すための「定規」のような存在感があった。知ろうと思えばこそ、海は、私たちに胸を開いてくれる。地域を楽しむこと、自然を楽しむこと、海を楽しむこと。そこには、常にその対象をおそれ敬い、それを知ろうという「能動的」な態度が必要だということを、大垣さんは教えてくれる。
そして、大垣さんのような「守りびと」がいるからこそ、海との距離も近くなる。大垣さんを探しに、ぜひいわきの海水浴場を訪れてほしい。
イベント名 | サーファーによる海のパトロール |