みなさん、こんにちは! 海と日本プロジェクトinふくしま、レポーターの染矢です。
みなさんは、自分が住んでいる町にかつてどんな風景があったか想像したことはありますか。普段何気なく通り過ぎている、当たり前のように存在するその場所には、きっとなにかしらの物語があるはず。そのストーリーを知って自分にインストールすると、不思議なことに当たり前の景色がまったく別のものに見えてくるのです。今回は小名浜のあたり前の風景に溶け込んでいる路地裏にフューチャーし、隠れた魅力を掘り起こします!
小名浜港沿いを走る臨港道路から一本奥に入ったところに、「古湊」と呼ばれる地区があります。
観光客や買い物客でにぎわう大通りと違い、住宅が軒を連ね、歩く人の姿はほとんどなく、ただ車が行き交う静かな通りです。
細い道が入り組んでいて、海が近くにあることすら感じらません。
ゆっくりと町の様子を観察しながら歩いてみても、一見すると何の変哲もない平凡な場所に見えます。
しかし、かつてここは小名浜屈指のにぎわいを見せるメイン通りでした。このエリアは「米野村」と呼ばれており、漁業や物流の拠点として栄えていました。当時は、古湊の通り沿いまで砂浜が広がり、漁業に関連した商店や立派な家屋が軒を連ねていたようです。
現在も当時の面影を残す旧家が数軒残っています。
建物をよく見てみると、家の側面に小さな屋根をのせた白い壁があるのに気づきます。
これは、伝統的な日本家屋に見られる「うだつ」というものです。防火や防風のほか、富の象徴として取り付けられました。これは「うだつが上がらない」という慣用句の由来になっています。立派なうだつを屋根に上げるには費用がかかります。そこから、商売がうまくいかない、地位が上がらない状況をこのように言うようになりました。
もうひとつ注目したいのが、「塩」「酢」「カンジ」などの看板や表札に書かれた「〇〇屋」という文字。これはその家の屋号を表しています。実際にその商売を行っているのではなく、いわばその家のあだ名のようなもの。かつて住民たちは、苗字ではなく屋号でお互いを呼び合っていました。
古湊のメイン通りを歩いていると、坂の上のほうにちょうど満開を迎えた桜が見え隠れしています。
桜につられて急な坂を上ってみると、高台にある富ヶ浦公園にたどり着きました。ここから先ほど歩いた古湊と小名浜港を見下ろすことができ、その向こうには海が一面に広がっています。
普段であれば、見晴らしのいい景色を楽しみ写真を撮影するだけでしたが、今日の私は景色だけに集中することができず、先ほど歩いた古湊の歴史を思い出していました。
かつて栄えた街が今はなにも無かったかのように静まり、そのすぐそばに現在の小名浜の中心地がある。時代の流れによって変わりゆく町の姿を目の当たりにして、物寂しい気持ちになると同時に、自分の住む町の歴史を知ることでより町が魅力的に見えるようになりました。
みなさんもぜひ、なにも無いと思っている道や場所をじっくり歩いてみてはいかがですか。「楽しい」「おもしろい」「もっと知りたい」と感情を掻き立てられる古湊のような物語が眠っているかもしれません。
イベント名 | かつて栄えた港町ヒストリー |