レポート
2023.04.07

桜が紐解く海辺のまち〜②新地町の桜〜

 

みなさんこんにちは! 海と日本プロジェクトinふくしまレポーターの前野です!
福島県浜通りの桜情報をお届けするシリーズ「桜が紐解く海辺のまち」。第1回は、新地町の北部、磯山・埒浜地区、中部の大戸浜地区の桜をお届けしました。第2回目の今回は、新地町南部の桜情報をお伝えします。

前回は、大戸浜地区の慰霊桜までご紹介しましたが、今回はその続編。大戸浜地区をさらに南下すると、相馬に本社を構える株式会社サンエイ海苔の工場があり、道路の反対側に数本の桜と石碑がありました。大人でも手が届かないような上部に花を実らせる桜、石碑に刻まれていたのは「仙台藩松山隊勇戦地」の文字です。

相馬観光協会のホームページでは、旧幕府軍と明治新政府軍による戦いが行われた戊辰戦争で、相馬藩が降伏後、新政府軍に加わったため、この場所が激戦地になったという歴史が記載されており、一方新地町のホームページでは、仙台藩の兵士の供養するために、新地町の住民が「御殿岬戊辰戦役跡」と呼ばれる石碑を建てたという記載がありました。

 

シンボルとしての桜

  1. 戊辰戦争の歴史を伝える碑
  2. 奥に見えるのは現在閉鎖中の海釣り公園
  3. 広場から海を見渡す桜

新地町は仙台藩と相馬藩の藩境に位置しており、もともとは仙台藩の領地だったという歴史が、この石碑によって知ることができました。石碑から進んだ広場のような場所にも桜の木が数本植えられていて、ここからも海をバックに桜を楽しむことができます。戊辰戦争で亡くなった方を供養するために、石碑だけでなく桜の木を植えたという解釈もできるかもしれません。桜の木は数本しかありませんでしたが、どの木もこぼれんばかりに咲き誇っていました。

浜通りの海沿いに咲く桜を探すという目的ではじめた取材でしたが、新地町での取材を終えて私の中に浮かんだのが「震災の慰霊」「供養」「伝承」というキーワードでした。浜通りの沿岸に咲く桜が、何を表現しているのか。引き続き探求していきたいと思います。

海と日本プロジェクトinふくしま レポーター 前野

イベント詳細

イベント名桜が紐解く海辺のまち〜②新地町の桜〜
日程2023年4月5日(水)
場所新地町沿岸
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