磐城国 海の風土記6「湯ノ岳~小さな霊峰の幽かな息づかい」

2018-9-2
海と日本PROJECT in ふくしま

 

いわき市の郷土史研究家、江尻浩二郎さんによる新連載「磐城国 海の風土記」。今回は第6回目。今回は、小名浜からもその美しい姿がよく見える、いわきの霊峰、湯ノ岳について。

磐城国 海の風土記 vol.6

湯ノ岳~小さな霊峰の幽かな息づかい

文章:江尻浩二郎

 

湯ノ岳(ゆのだけ)。標高593.8メートル。大変なだらかな稜線を持つ低い山ですが、海側からは独立峰のようにも見え、滝尻川(藤原川)流域に住む人々にとっては非常になじみ深い、いわゆる故郷の山となっているのではないでしょうか。まずはいつものように古い文献から見てみましょう。

延喜式神名帳(927年)記載される「温泉神社(ゆのじんじゃ)」は、現在湯本町三函に鎮座する「温泉神社(おんせんじんじゃ)」であると考えられています。社伝によれば、当初湯ノ岳に鎮座していたものが、白鳳2年(673年)湯本三函に降り、暦応3年(1340年)観音山に、明和5年(1768年)現在地に遷座したとされているようです。御神体は湯ノ岳。

室町時代に成立した年代記「神明鏡」は、史実と思われない記事もかなりありますが、湯ノ岳に関するものとして以下の重要な記述があります。塙保己一編「続群書類従. 第29輯ノ上 雑部」から引用しましょう。

徳溢大師内麻呂惠美押勝申セシ其子也。法相宗南都御座。春日鹿島法相擁護神御ヌレハトテ。常州鹿島下。筑波山四十八ヶ所霊場建立。加之国中数十ヶ所建立。多観音薬師像也。中長谷寺平城御願ト號シ。大同二年丁亥造建有也。又奥州会津ニモ清水寺トテ観音ノ像ヲ立。磐梯大明神ヲ鎮守トシテ。御歌云。
縁有レハ我又金ト磐梯ノ山ノ麓ニ清水ノ寺
イハヽシトハ磐梯大明神也。其寺號改テ惠日寺ト號ト云リ。又同國岩崎ノ郡湯嶽ニ観音像ヲ建立。供養ノ儀式ノ刷給フ。又戒定惠ノ三箱ヲ。此嶽ニ納給シニ依。此嶽ヲ三箱ノ山ト云。麓トノ湯ヲモ三箱ノ湯ト云習學セル也。

ごく平易に改めると次のようになるでしょう。

徳溢大師は、藤原仲麻呂恵美押勝という人の子だ。法相宗の僧で奈良にいた。春日の神も鹿島の神も、法相宗を守ってくれる神様なので、それを頼って常陸国の鹿島に下った。筑波山に四十八か所の霊場を建立し、その他にも常陸国内に数十か所の霊場を建立した。本尊の多くは観音様もしくは薬師様。中でも長谷寺は、平城天皇勅願寺と号し、大同二年(807年)の建立である。また会津にも観音様を本尊として清水寺を建立し、磐梯大明神を鎮守とした。歌に云う。

縁あれば我また金(来ん)と磐梯の山の麓に清水の寺

イワハシというのは磐梯大明神のことだ。その寺は号を改めて惠日寺と云っている。また同国岩崎郡の湯ノ岳に観音像を建立し、供養の儀式を定めた。そして戒定慧(かいじょうえ)の三つの箱を納めたので、この山を「三箱の山」と云う。麓の湯も「三箱の湯」と云って習学した。

 

滝尻川(藤原川)流域の人々にとっては故郷の山

  1. 常磐西郷町から見る山容
  2. 湯の岳パノラマラインからの眺望
  3. 三箱山法海寺山門

 

湯ノ岳は山岳信仰の対象でもあります。この列島の山岳信仰は自然崇拝のアニミズムから発展してきました。アニミズムとはすべてのものの中に霊が宿っているという考え方で、水や鉄などの無機物も含みます。そこへ、水源や森林資源への感謝、死者が還る場所としての畏怖など、様々な意識が折り重なっているのが山岳信仰と云えるでしょう。

鍋田三善(1778~1858年)が著した「磐城志」には、本山派(ほんざんは)の岩崎郡年行事(ねんぎょうじ)として大宝院の名が挙げられています。本山派というのは天台宗系修験道の一つで、年行事というのは修行を教え導く役職名です。湯ノ岳、天狗山、三大明神山はこの大宝院の担当エリアでした。江戸期を通じて、湯ノ岳は山伏の修行場だったのです。

本山派は熊野三山を拠点としますが、熊野三山協議会のWEBサイトによると、熊野神社の数は全国で3135、その約四分の一が東北にあり、福島県は235社で他県を大きく引き離し全国一位となっています。(2018年8月30日現在)あまり目立ちませんが、福島県は大変な修験の国だったのかもしれません。

大宝院は今の常磐下船尾町にありましたが、明治元年(1868年)の神仏分離令を受け、翌2年、越田和氏が復飾して神職となり、長い修験の歴史を終えました。

湯ノ岳を修行場としたのは大宝院だけではありません。常磐藤原町田場坂の三箱山法海寺では、300年以上に渡って「御山掛け修行」が続けられています。その内容を詳しく辿ることはできませんが、今現在は水源参りの意味合いが強いようです。

その法海寺に安政2年(1855)の登拝記録が残り、それを見やすくまとめた資料を見せて頂いたことがあります。それに拠れば、その年の御山掛け参加者は44村、1020名に上り、法海寺のある湯長谷藩領はもちろん、泉・初田・洞・渡辺・泉田・松木屋などの泉藩領、上遠野、深山田などの棚倉藩領にまで広がっていました。

近年の御山掛けは毎年8月末に行われています。私はこれまでに二度、参加させていただきました。たかだか600メートル程の山ですし、本格的な修行とは言えません。特に珍しくもないと思いますが、地元での知名度が意外に低く、むしろ磐城に住む方々のために簡単に紹介したいと思います。

三箱山法海寺の「御山掛け修行」は住職を先達(案内人)として檀信徒が参加する行事であり、同日、いわき市藤原公民館が開催する「湯の岳お山掛け」とは厳密には別のものです。後者は今年で32回目となる大変人気のイベントですが、コースも内容も異なりますのでここでは一応はずして考えたいと思います。

 

三箱山法海寺で300年以上続く御山掛け修行

  1. 登山前の祈祷
  2. 檀信徒30名ほどが参加する
  3. 先達を務める住職と副住職

早朝、檀信徒30名ほどが法海寺本堂に集合し、まずは山中安全の祈祷を行います。その後、二枚橋の「第一の木戸」までマイクロバスで移動し、いよいよ御山掛けのスタートとなります。木戸と呼ばれるチェックポイントは全部で10か所。各木戸でそれぞれ注連縄を張り、御幣を立て、焼香し、読経します。神仏習合で面白いですね。

湯ノ岳の登山口は3つありますが、御山掛けの場合は川上渓谷から入ります。まずは第一の木戸「〆張場」です。本来はここで禊をしましたが、現在は略儀となっていました。

藤原林道を渓谷沿いに5分程登ると不動滝。ここが第二の木戸となります。その先は崩落個所がある都合で、第四の木戸「御前滝」を先にお参りし、その後第三の木戸「賽の河原」、そこから「七曲がり」と呼ばれる急傾斜を登ります。木戸にはそれぞれ柱標があり、修行場だった頃の気配を感じることができるかもしれません。

「七曲がり」を登りきると勾配は緩やかになり、第五の木戸「毘沙門滝」を経て第六の木戸「姥様」へと至ります。滝尻川(藤原川)の地理学的な源流点は三大明神山の田代地区になりますが、信仰上の水源はここ「姥様」と考えられているようです。震災で一時水脈が途絶えたそうですが、少しずつ状態が戻ってきていると聞きました。「うばさま」という呼称は修験道の開祖、役優婆塞(えんのうばそく)から来ているのでしょう。

 

 

十の木戸を巡り法要を行う

  1. 第四の木戸「御前滝」
  2. 第五の木戸「毘沙門滝」
  3. 第六の木戸「姥様」の水源

このあたりから笹の多い植生となってきます。少し上ると林道に当たり、100メートル程進んで再び登山道へ入りますが、またすぐに一般道(湯ノ岳パノラマライン)に遮られてしまいました。歴史ある信仰の道は、現代の観光道路に切断されているのです。

再び登山道に入り、5分ほど登ると第七の木戸「三箱石」に出ます。温泉神社もこれをお祀りしているので鳥居が建てられています。同じ巨石を信仰対象としている訳ですが、温泉神社と法海寺の間に直接の交流はないようです。面白いですね。尚、この石についてはいろいろな見解があるようですが、法海寺としてはここにあるの2つという認識で、もう1つは別の場所にあるということでした。川平登山道方面に転がってしまって今もそこにあるそうですが、そちらにはお参りしません。

三箱石を過ぎれば程なく三等三角点のある山頂です。山頂には第八の木戸「経塚」があります。徳一大師が観音堂建立の祈願をした場所です。

大変残念なのですが、山頂には現在、防災無線やテレビやラジオなど、多くの通信施設が所狭しと並び、古来の信仰が暴力的に踏みにじられている感があります。確かに鉄塔を立てるには地理的条件がいい訳ですが、ここにも近代磐城のゆがみを見る思いで正直気持ちが沈みます。

私は震災後、地元のコミュニティFMに勤めていたことがあり、停電などでトラブルがあると車を飛ばしてここのアンテナ施設の点検に来ていましたが、そのすぐ傍らに第九の木戸「経塚」があり、その注標が立っていることなど全く気付いていませんでした。我ながら大変情けなく思います。

 

 

徳一伝説の山頂へ

  1. 三箱石には鳥居が建てられている
  2. 通信施設が並ぶ山頂
  3. ひっそりと佇む経塚

 

そこから下ると、次は第九の木戸「お龍灯場」です。これは少しお話ししなければなりません。

「龍燈」とは日本各地に伝わる怪火ですが、実はわが磐城地方は大変な出没地として知られており、特に閼伽井嶽のものが有名です。その様子は、水戸藩の地理学者、長久保赤水の「東奥紀行」(1792年)に詳しいですが、日暮れ頃、海上に現れた火が鎌田川(夏井川)を遡り、閼伽井嶽を登って、大杉の梢に留まるのだといいます。

また「利根川図志」を著した赤松宗旦も「笏記」(1856年)の中に伝聞として「多少はあれど毎夜上らぬ事はない。二つずつ並んで上る。他の場所では見えない。薬師堂の側に東屋があってそこで見る。是を見るために徹夜する人が多い。寺に泊まる。」という内容を記しています。

ここ湯ノ岳にも「お龍灯場」がありました。滝尻川(藤原川)を上ってくるその怪火は、この場所からしか見えなかったそうです。残念なことに今現在は周囲の杉が大きくなってしまい、全く展望がありません。

磐城ではその他にも、鮫川を遡って明神山に上るもの、入遠野川を遡って往生山に上るもの、小名川を遡って観音作に上るものなど、多くの場所で「龍燈」伝説が言い伝えられています。私も一度、南富岡のおふんちゃん(浅間神社)山頂で、怪火というよりは鈍い光のようなものが滝尻川(藤原川)を遡るのを見たことがあります。大祭の日、旧暦6月1日未明のことでした。もしかしたらあれも龍燈だったのかもしれません。

 

海の気配が濃厚になってくる

  1. 第九の木戸「お龍灯場」
  2. 湯嶽観音堂にてお参り
  3. 下山後に行う「舟払い」

 

第十の木戸「観音堂跡地」には現在、湯嶽観音堂が建てられています。これをお参りするとあとは下山です。

すべてつつがなく終えた後、一同は飲食を共にします。これを法海寺では「舟払い」と云うそうです。何故山に登った後に「舟払い」なのでしょうか。住職によれば、その昔、船で金刀比羅参りをした人々が、故郷に帰り、船から上がった際に行う宴席が「舟払い」で、その用語が、いつの頃からか湯ノ岳御山掛けでも使われているのだと云います。それだけ海の民とのつながりが深かったのでしょう。

このような話も聞きました。住職が子どもの頃、浜の漁師は杣人(そまびと)を連れてやって来たそうです。海上安全祈願を行い、許可を得ると、山中から樫の木を1本伐り出し、それを製材して持って帰りました。漁師はそれを船底の材に使うのです。もちろんそれには、海上で湯ノ岳の神の御加護にあずかろうとする意図がありました。

古来、小名浜沖を行く船は、低山ながらも独立峰のように見える湯ノ岳を、大いに目印としてきたことでしょう。法海寺の言い伝えでも、徳一大師は海路から湯ノ岳を認め、吉野の山に似ているということから、これを開かんと川を上って来たとされています。

神様の話に戻ってしまいますが、滝尻川(藤原川)河口付近の下川に神笑(かみわらい)という魅力的な地名があり、次のような昔話が今に残ります。

むかしむかし、津・温泉・諏訪の三神がここに寄り、なんと美しい所だと大笑いしました。この地を気に入った神々は、一年に一度再会することを約し、津大明神は河口で海に臨む磯見山に、温泉権現は滝尻川(藤原川)を遡って湯ノ岳に、諏訪権現は釜戸川を遡って釜戸山へと鎮座しました。三神が大笑いした所を今でも「神笑」と云います。

釜戸の諏訪神社では、7年に一度、奴子行列が神笑まで下っていましたが、昭和47年以降、催行されていません。また温泉神社は、所縁のある神笑の地で「潮汲み神事」を行ってきましたが、周辺が埋め立てられてしまったため、現在は小名浜サンマリーナで催行しています。かつては早朝、下川字畑中(はたけなか)の根本家に寄って食事をとったと聞きましたが、今ではそれも略儀となりました。

さて、ここまで湯ノ岳と滝尻川(藤原川)を中心に、海と山のつながりを見てきましたが、かつては無数のチャンネルがあり、物理的にも精神的にも非常に密接に関係していたように思います。

みなさん、お時間あれば、ぜひ流域を歩いてみてください。滝尻川(藤原川)流域の良い点は、水源までの距離が近く、文化圏もまとまっているため、山から海までを全体性として捉えることが比較的容易であるということだと思います。あなたが歩くことが、またひとつの新しいチャンネルとなるはず。私はそこに小さな希望を見るのです。

 

参考資料
鍋田三善「磐城志」年不詳
長久保赤水「東奥紀行」1792年
赤松宗旦「笏記」1856年
塙保己一編「続群書類従. 第29輯ノ上 雑部」1926
いわき地域学會「藤原川流域紀行」1991
いわき市神社総代会「いわきのお宮とお祭り」2009

 

<vol.5 住吉~極東の海洋都市

>vol.7 ジャンガラ~その多様性にみる海辺の身体

 

磐城国 海の風土記(全10回)

目次

vol.1 霊人塚~かつての浜の忘れられた一区画

vol.2 ウミガメ〜彼方とヒトを繋ぐもの

vol.3 おふんちゃん~古代富ヶ浦の霊性(前編)

vol.3 おふんちゃん~古代富ヶ浦の霊性(後編)

vol.4 神白~ちはやぶる神の城から

vol.5 住吉~極東の海洋都市

vol.6 湯ノ岳~小さな霊峰の幽かな息づかい

vol.7 ジャンガラ~その多様性にみる海辺の身体

vol.8 剣~ハマの亡霊が魅入るもの

vol.9 中島~ハマに浮かんだ超過密都市

vol.10 クジラ~沖を行くものの世界(完結)

 

イベント名湯ノ岳 法海寺
場所福島県いわき市常磐藤原町田場坂125

関連リンク

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