磐城国 海の風土記3「おふんちゃん~古代富ヶ浦の霊性」(前編)

2018-7-17
海と日本PROJECT in ふくしま

 

みなさんお待ちかね。いわき市の郷土史研究家、江尻浩二郎さんによる新連載「磐城国 海の風土記」。今回は第3回目。いわき市小名浜の海の呼び名「富ヶ浦」という名前に関する論考です。じっくりとご覧ください。

 

磐城国 海の風土記 vol.3

おふんちゃん~古代富ヶ浦の霊性(前編)

文章:江尻浩二郎

 

小名浜エリアの郷土史本を開いてみると「古代この湾は富ヶ浦と称し」という一節が出てきます。この「富ヶ浦」ですが、現在これに由来する地名はなく、古い文献をいくら紐解いてみても、そのような呼称は全く見当たりません。唯一、富ヶ浦公園(現・新富ヶ浦公園)という公園がありますが、それは単に、それらの郷土史本がよく読まれていた頃に作られた公園なのでしょう。全く読み飛ばされて然るべきですが、実はこの「富ヶ浦」という名が、私の妄想を駆り立てて止まないのです。

およそ6,000年前、海水面は今より5~10mほど高かったとされています。下図を頼りに古代の海岸線をイメージしてみましょう。詳細は省きますが、かなり内陸部に「船戸」や「下船尾」などの地名が残り、住吉神社(小名浜住吉)の御神体である「磯山」に海蝕跡が認められ、西郷町金山に貝塚があることも、これを見れば十分納得できるかと思います。

 

古代小名浜湾は富ヶ浦と称したという

  1. 海抜10mの等高線を黄線で記す
  2. 磯山に見られる海蝕跡
  3. 新富ヶ浦公園からの眺望

 

ここで「小名浜」という地名を考えてみます。もともとこの地は「オナ」でした。「オナ」のハマが小名浜、「オナ」のオカ(陸)が岡小名となって二つに分かれたとされています。このハマとオカの対応は各地に散見されるかと思いますが、近いところでは、双葉郡楢葉町の山田浜と山田岡がありますね。正式な地名にならないまでも、同じ地域の沿岸をハマ、その後背地をオカと呼び習わすところも少なくないでしょう。

さて話は戻りますが、「富ヶ浦」という呼称があったのかもしれないと考えたとき、私は小名浜地区のやや内陸にある「南富岡」という場所を思わずにいられなかったのです。正式名は「南富岡」ですが、地元の人は「富岡」としか呼びません。周辺の地名も「富岡向」「富岡前」などであることを考えると、もともとはただの「富岡」なのでしょう。

江戸時代の文書を見ると「富岡村」と記されたり「南富岡村」と記されたりして安定しませんが、隣接して「北富岡村」がない以上、市内田人町の「南大平」のような名称であると考えられます。田人町の「南大平」は、同じく市内遠野町の「大平」と区別するためにそう呼ばれました。

では「南富岡」と区別されるべき「富岡」はどこにあったのでしょうか。これは磐城平藩内藤家の時代に遡って、今の双葉郡富岡町にあった「富岡村」に求めるしかないようです。随分距離がありますが、当時は同じ磐城平藩領ですので、区別のためにそのような呼称が生まれたことは十分考えられるでしょう。

さて、富ヶ浦と富岡です。私はここに「富」という地域があったのではないかと考えてみたいのです。それは「トミ」という音だったのかもしれませんし「富」という文字だったのかもしれません。

この一帯は非常に遺跡が多く、縄文時代後期の「真石貝塚」に始まり、古墳時代の真石横穴群、テントー塚古墳、そして中世の集落跡(もしくは城郭跡)まで、各時代の遺構が一堂に会しています。「トミ」で暮らす人々にとって、ここは大変重要な「オカ」であったことが伺えるでしょう。

 

富岡には各時代の遺跡が一堂に会する

  1. 滝尻川(藤原川)沿い。遠く湯の岳を望む
  2. よく形状を残す横穴の一つ
  3. 鳥居前の小名浜中央病院。ここは中世の集落跡、もしくは城郭跡である

 

「おふんちゃん」の正式名称は浅間神社(せんげんじんじゃ)。つまりは富士山です。保元年間(1156-1159)常陸小太郎成衡の建立と伝えられ、鎮座地は「南富岡字道陸神(どうりくしん)」という非常に魅力的な地名なのですが、もとは「南富岡村字富士山」と称したそうで、これはなぜ変更されたのか不明です。

私が最初に「おふんちゃん」に登ったのは5年程前。別件で富岡周辺を散策していて、ふと見上げると神奈備型の小山の山頂に少々不釣り合いなほど立派な社殿が見えました。手元の地図を見ますが何も記されていません。鹿島神社(小名浜)の奥の宮かと思い、境内から登り口を探しましたが見つからず、その山塊をぐるりと巡ってようやくそれらしい鳥居を発見しました。付近は鬱蒼として暗かったのですが、奥へ続く参道は草も払ってあり、非常によく手入れされていました。

 

おふんちゃん周辺と参道

  1. 山頂付近に社殿の屋根が見える
  2. 向かって左が稲荷神社。右がおふんちゃんの鳥居
  3. 奥へ続く参道

 

登ること10分程、大きく傾いた社殿を見て言葉を失いました。やがて注意深く周辺を歩きましたが、拝殿正面からの小名浜の景色に感嘆の声が出ました。見晴らしが良い場所としては、住吉館跡、若宮八幡神社(大原)などもありますが、ここ「おふんちゃん」から見た眺めは、わが庭を愛でるような趣があり、他にはない不思議な感慨がありました。

 

震災で傾いてしまった社殿

  1. 拝殿は前方に大きく傾いている
  2. 斜めに何本も入れられた支柱
  3. 拝殿正面からの眺

 

帰ってさっそく資料にあたると、いわき市神社総代会「いわきのお宮とおまつり」に詳細な記述がありました。その一節で私は息を飲んだのです。そこにはこう記されていました。「昔は旧暦6月1日に小名浜の漁民は丑の刻に大勢して登拝し賑わったという。」そんな話は聞いたことがなかったのです。

旧暦1日ですから月はありません。真っ暗な闇の中を登った訳です。いわゆる「お山かけ」の一種でしょう。さらに読み進めると、以前は前夜から地元青年団のお籠りがあり、集落の長男が夜通し太鼓を叩いていたといいます。

この列島に住む人々の山岳信仰には根深いものがあります。神や仏の層を丁寧に剥がしていくと、最も深い層には先祖と山への畏敬の念が残るのではないでしょうか。日本各地の霊峰登拝のように、滝尻川(藤原川)流域の民は、水源近くの霊峰・湯ノ岳に登拝してきました。今でも常磐藤原町の法海寺では毎年8月にお山かけ行事を行っています。

その法海寺に安政2年(1855)の登拝記録が残り、それを見やすくまとめた資料を見せて頂いたことがあります。それに拠れば、その年のお山かけ参加者は44村、1020名に上り、法海寺のある湯長谷藩全域はもちろん、泉・初田・洞・渡辺・泉田・松木屋などの泉藩領、上遠野、深山田などの棚倉藩領にまで広がっていました。

しかし小名浜の村々の名前が全くない。「信心が足りないんですね」と大笑いして帰ってきましたが、どうやらそういう訳ではないのです。我ら小名浜衆はこの「富岡」の山に登っていたのでした。月のない真っ暗な山道を上り、「富ヶ浦」に上る朝日を拝んでいたのです。

小名浜衆がこの山に登ったという記述を読んだ時、最初は「山見」に関わる信心だろうと思いました。「山見」とは、特徴のある山の方角や見え方で、海上の現在位置を把握する方法です。「山見」で重要な山は信仰の対象にもなり、航海の安全を祈願して盛大にお参りすることもあります。

富士山信仰となったのは時代が下ってからでしょう。社伝を信じれば保元年間ということになりますが、この地の霊性ははるか古代に遡ることができそうです。市内下川字大畑の「大畑貝塚」も、岬の台地上にあり、その最古層には生殖に関わる盛大な祭祀の跡が確認されています。真石貝塚があるこの「富岡」でもやはり祭祀が行われていたことでしょう。各時代の遺跡が残るここ富岡では、その霊性も連綿と受け継がれてきたと考えたいです。

もう一度10mの等高線を引いた地図を見てみましょう。この「富ヶ浦」の真ん中に突き出した岬が「富岡」であり、その先端に位置するのが富士山=おふんちゃんです。「富岡」には縄文の昔から絶えることなく人が集っていました。それはまるで「トミ」の国の中心であったかのようです。このように考えながら眺める拝殿正面からの景色は、小名浜衆の私にとって、実に特別なものがあります。

 

湯の岳のお山かけ行事

  1. 法海寺の住職らが先達を務める
  2. 第二の木戸、不動滝での祈祷
  3. 300年以上続く行事に多くの人が参加する

 

おふんちゃんの社殿は先の震災で大きく傾いてしまいました。参拝する度に傾きはひどくなり、結論から言うと、氏子総代会は麓への遷座を決定しました。高齢化によって山頂での祭祀が難しくなってきていることもありますし、山頂に再建するには資材の運搬等で困難を極めるという事情もあります。

山頂での祭祀は昨年(2017年)が最後でした。日の出前に登拝しましたが、山頂では私一人。あいにくの曇天で御来光を拝むことはできませんでした。一度下山し、午前5時、宮司と総代会の方々と再び登山。供え物をし、社前のサカキから玉串にする枝を切り、準備万端整えると、やがて地区の家長20名程が登って来ました。酒と「なます」が振舞われ、祝詞を上げ、お札(ふだ)を頂いて終了。山頂での最後の大祭が終わりました。

 

<vol.2 ウミガメ〜彼方とヒトを繋ぐもの

>vol.3 おふんちゃん~古代富ヶ浦の霊性(後編)

 

磐城国 海の風土記(全10回)

目次

vol.1 霊人塚~かつての浜の忘れられた一区画

vol.2 ウミガメ〜彼方とヒトを繋ぐもの

vol.3 おふんちゃん~古代富ヶ浦の霊性(前編)

vol.3 おふんちゃん~古代富ヶ浦の霊性(後編)

vol.4 神白~ちはやぶる神の城から

vol.5 住吉~極東の海洋都市

vol.6 湯ノ岳~小さな霊峰の幽かな息づかい

vol.7 ジャンガラ~その多様性にみる海辺の身体

vol.8 剣~ハマの亡霊が魅入るもの

vol.9 中島~ハマに浮かんだ超過密都市

vol.10 クジラ~沖を行くものの世界(完結)

 

イベント名おふんちゃん
場所福島県いわき市小名浜南富岡富士下54

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